総てを癒すもの

第4章 「力演」(1)

作者:ゆんぞ 
更新:2004-11-16

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巨大な治癒術師に関する話は、およそ十日でラファイセット国内の主な町に届いた。それを以て正式にリーデアルド領から出ることを許されたエリザは、目付役に抜擢されたイーゼムと供に再び領境の山を越えた。

目的地は王都ラファイセット。東西の街道をテルウォムまで進み、そこから南北の街道を北上すれば着く算段である。王都までは四十里程度、三十倍の大きさになったエリザが普通に歩けば一日掛からない距離だ。しかし知らせを受けているとはいっても初めて見る巨大な治癒術師に戸惑いや恐怖を感じる者は多く、彼ら住民の不安を丹念に解きほぐすため街ひとつ進むのに概ね一日を費やしていた。
住民の不安を解いたのは、エリザの癒し手としての力と 威圧を感じさせない丁寧な態度、そして住民と彼女の接点となるための交渉役や 時には人質の役さえ担ったイーゼムの存在もある。それだけの条件が有ったからこそ、住民も最後には心を開いたのである。

ゆったりした行程と引き換えに信頼と自信を得る、そんな旅も六日目に入った。この日は朝市の後にテルウォムを出て、昼過ぎには王都ラファイセットへ着く予定である。


治癒術師の一日は多忙なものだが、エリザの場合はその巨躯のために早朝の診療から朝市が終わるまで街に入れず、多少ながら手持ち無沙汰になる。そういうとき彼女は街壁の外をぐるっと見て回るのが常だった。

朝から元気に御飯の準備を手伝っている子供や 何やら怪しげな体操をしている老人、懲りずに喧嘩している夫婦など、街を回っていると壁越しに様々な人々の風景が目に入ってくる。概ねそれらは平穏なもので、幸いにも急な治療を要する者は居ない。

そうこうしているうちに街を一周し、エリザは門まで戻ってきた。門の上は見張り塔になっているが 屋上にいる兵はいかにも暇そうで、人目も憚らず欠伸などしている。そんな退屈そうな兵士に彼女は目を合わせて微笑み掛け、「おはようございます」と挨拶する。そして、兵士が欠伸を止めて挨拶を返す隙に 彼女はその兵士を背後からそっと摘まんで肩の高さまで持ち上げた。
「お疲れさま。交替しましょうか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、エリザは目の前の兵士に話しかける。だが兵士は突然のことに慌てるばかりで、腕を小刻みに振りながら言葉にならない声を発するばかり。

ちょっと悪戯が過ぎたらしい。彼女は兵士を左掌の上に降ろし、掌を軽く丸めて彼をそっと包む。
「ごめんなさい、驚かせてしまって。大丈夫ですか?」
その優しい声と、地面に降ろされたことでようやく落ち着いたのか、兵士は自分のまわり 上下左右を見渡してから頷いてみせる。
「いや、ああ……本当に驚いたよ。うん」
感慨深げな声色から察する限りは、もう大丈夫のようだ。心配そうに伺っていたエリザの表情にも安堵の笑みが戻る。彼女は掌を開いて右の人差指で彼の背中をさすりながら、もう一度謝る。
「本当に ごめんなさいね。退屈そうだから、楽しんで戴けると思ったんですけど……」
彼女の郷里ではいつもの悪戯に過ぎないのだが、この街 テルウォムには昨日寄ったばかりであり、慣れない相手には酷だったようだ。

エリザは改めてこの兵士が見張っているであろう街の外を見渡してみる。畑や遊牧地の向こうに森や山が広がる光景は平穏を絵に描いたようで、みるべきものといえば点在する小屋の様子くらいだろうか。
「確かに、見てると眠くなりそうな景色ですよね」
「だな。それに……あんたが居たら誰も攻めてなんか来ねえし」
兵士は冗談交じりに返すが、実際にその通りだろう。なにせ見張り塔の三倍もある巨大な治癒術師が守っているのだから、まともな人間なら攻め込もうとは考えないはずだ。

もっとも、当の本人にとっては変に名誉な話で、曖昧な照れ笑いを浮かべるしかないのだが……。
「だから、見るもんって言うと向こうの狼煙くらいしか無いんだわ」
兵士の言葉に沿って、エリザは彼の指さす先をとりあえず凝視してみる。変化などありようもないと思っていたが、指さされた街のやや左にある森から黄色い煙がかすかに立ちのぼっているのが見えた。
「えっと……あれ?」
意外なものを見て、エリザの声も上ずる。間近で聞いた兵士は身を強ばらせるが、構わずにエリザは兵士の乗る左掌を目線の高さまで上げ、右手の人差し指で煙の方向を指さしながら尋ねる。
「あの煙の色って、確か助けを求める色ですよね?」
「ああ……確かにそうだ」
小さく答える兵士。見張り塔からは見えなかったが、今の高さであればはっきりと見ることができる。この平和な国では珍しい、黄色のかかった煙だ。
「なんか、もっと向こうからきてるっぽいな」
「そうなんですか? とすれば……」
続きを言うべきか迷ったため、エリザの科白が途切れる。だが、やはり緊急時だけに出来るだけのことはしておきたいと思い直し、彼女は兵士にだけ聞こえるように心話で言葉を継ぐ。
(どうしましょう。更に大きくなることも出来ますけど……)
兵士は何も言わずに掌を彼女の方に向けて制し、そして煙を睨みながら紙束に何か書きはじめる。どうやら狼煙の中身を解読しているようだ。いったん書き終えてからも更に狼煙を見て確認し、それが終わってから ようやくエリザを見上げた。
「よし、じゃあちょっと降ろしてくれないか」
「あ、はい」
エリザは慎重にしゃがみ、左掌を街壁の上に降ろす。兵士は即座に駆け出すが、二三歩走ったところで振り返って彼女を見上げ、見張り塔を指さして素早く言う。
「あと、代わりの奴を頼む」
「はぁ」
エリザの要領を得ない返事にも構うことなく兵士は走り去ってしまう。仕方ないのでエリザは辺りを見渡し、ちょうど足元にいた門番をそっと摘まみ上げる。
「えっと、そういうわけでして……見張りをお願いしたいのですが」
丁寧な口調とは裏腹の強引な引き込み、そして何より彼女の大きさに押され、番兵はただ頷くしかなかった。


狼煙は東の国境近くの街から櫓や街を継いで来ており、『王都より至急治癒術師の派遣を請う』という内容だった。理由の無い派遣要請も奇妙だが、それより王都ラファイセットに近いこの町から国境までは二十里ほどもある。集団で行けば丸二日掛かるところまで、それも援軍や工兵ではなく治癒術師を指定して助けを請うのは疑問を禁じ得ない。

再び町壁に戻ってきた兵士は、疑問と推測も含めてエリザに説明する。座して聞く彼女も、急な派遣が決まりそうとあって表情は真剣だ。
「一応王都には伝えるが、もしかしたら あんたを呼んでいるんじゃないかと思うんだ」
「そうですね、どちらにせよ私は行きます」
兵士の提案にエリザは即答する。幾つか怪しい点はあるものの、怪我人がいるなら行く他にない。罠の有無は些細な問題だが、彼女にとっては別の心配事がある。エリザは軽く目を伏せ、細々とした声で付け加える。
「ただ、余り急いで行くと、町の人を怯えさせないかと……気になるのはそっちなんです」
王都ラファイセットからの書簡は国中の町々に届いているはずだが、聞くと見るでは大違いという言葉通り、ここに至る町々でも住民の動揺を治めるのには多少の時間を要した。宥める暇もなしに町々を渡り歩けば、またバラムのような事が起こりはしないかと不安になってしまうのだ。
「じゃあ、狼煙で先に伝えよう。二十里なら、そうだな。一刻あれば届くだろう」
「はぁ……」
とっさに思いついた妙案を披露する兵士だが、彼の自信に満ちた口調とは裏腹にエリザの応える声色は冴えない。不安を静める効果も不明であり、二十里を一刻というのは彼女の歩く速さと大して変わらないからだ。とはいえ狼煙より早い方法があるわけでもなく、住民をなだめながら町々を進むことを考えれば 助けがあるに越したことはない。折角の好意だから甘えるべきだと思い直し、エリザはようやく顔をあげて応える。
「わかりました。じゃあ、済みませんが なるべく早くお願いします」
歯切れの悪さや開いた間は隠しようもないが、兵士は訝しげに一拍置きつつも強く頷いた。
「ああ。まあ、直ぐに掛かろう。許可を得るまで待機していてくれ」
そう言って兵士は、彼女の返事を待たずに疾く退去していった。代わって今度は、簡素な革鎧に身を包んだ青年、イーゼムが塔から出てくる。
「あー、寝坊しててすまん」
イーゼムはエリザと目を合わせるなり一息に言って軽く頭を下げる。そしてすぐに頭を上げ、
「さっき聞いた感じでは怪しそうなんだが、俺も行った方が良くないか?」
こう尋ねる。
「え、ええ」
比較的ゆったりした口調や動作とは裏腹に 彼の言う内容は余りにも目まぐるしく、エリザは取り敢えず曖昧な答えを返すのがやっとだ。

数瞬の間を置いて、彼女はようやくその意味を理解した。
「って、ちょっと待って下さいよ。もしかして、付いて来るんですか?」
「ああ。だからさっきそう言ったろう」
気色ばみ 思わず声を荒だてるエリザに対して、イーゼムの態度は平然としたものだ。エリザは座ったまま首をずいと前に出すが、縦横三間以上の顔を目前にしても彼に怯む様子は無い。
「確かに、来て貰えれば助かると思いますよ。でも、戦もありうるという話なんです」
そこで彼女は一端言葉を区切って視線を落とす。それからやや間を置いてイーゼムに真っすぐ向き直り、手振りを交えつつ科白を継ぐ。
「そうなったら あなたを弓矢から守る必要がありますし、何より私自身があなたを傷つけるかもしれない……それが怖いんですよ」
「そうだな」
イーゼムは僅かに苦笑を滲ませつつも、その主張をあっさり認める。視界一杯の心配そうな表情を目の前にして 正面から反論など出来ようはずもない。しかしそれでも彼は尤もらしく腕組みし、頷きながら軽口を叩く。
「まあ、暴れるのに支障があるなら仕方ないだろう」
「あ ば れ ま せんっ」
音節を区切り、言い含めるようにエリザは反駁する。だが彼女の表情は笑っており、それに釣られてかイーゼムも惚け通せずに笑みを浮かべてしまった。

元からエリザは気持ちが顔に出やすい性質で、今もそれは変わらない。そればかりか、大きさの分だけ表情がより豊かになったとさえ言える。ちょっとした言葉でもころころと表情を変えるのがイーゼムにとって楽しくもあり、また違うのは大きさだけだと改めて確認できるのだ。


結局、イーゼムは謁見が遅れることを王都ラファイセットまで伝えることになり、エリザは狼煙の伝達を待ってから独りで東に歩を進めた。

謹慎が解けて此処に来るまではイーゼムを肩に乗せて歩いていたので、独りでこうやって道を歩くのは久しぶりだ。肩に気を使う必要が無いぶん気楽ではあるが、やはり軽口を叩く相棒が側に居ないと寂しいし退屈である。掌で包めるほど小さな体躯でも存在は大きい、彼女は改めてそう思っていた。
(やっぱり、来て貰えば良かったかな……)
危険だからと言って同行を断ったのは確かだが、頼りになるのも事実だし、内心では彼が妙案を出してくれないかと期待もしていた。それを科白に滲ませなかったことが悔やまれる。
(もしかして、本当は一緒に居たくないのかなぁ)
そういえば、グランゼルからも『すまないが、今後の同行は難しい』と言われてしまった。彼はかなり揺れに弱かったようで、バラムから帰った次の日は昼まで寝込んでいた上、その後 数日間は体調がすぐれなかったのだが……。揺れに全然酔わないという理由もあって代理になったイーゼムも、疲れが溜まっているのかもしれない。今日寝坊したのも、同行に消極的だったのも、恐らく疲労のせいだろう。そう考えると少し気が軽くなった。今は悩まないようにして、本意は後で聞けばよい。思い直して歩調を戻し、数歩進んだ、その時だった。
「わーーっ!」
下からの小さな悲鳴を聞き、エリザは はたと足を止める。足元を見ても人はいない。だがスカートを後ろに寄せてみると 背に荷物を載せた馬が暴れており、行商人らしき男が鞍にしがみついていた。
「あ……だ、大丈夫ですか?」
慌てつつもエリザは一歩引いてしゃがみ、子猫より小さな馬の首と背をそっと撫でる。馬にとって上から撫でられることなど初めてのはずだが 意外にも直ぐに落ち着きを取り戻し、鞍上の商人も身を起こして馬を彼女の方に向ける。身長十五丈の相手を間近から見上げると改めてその大きさに圧倒されるが、前の街で見ているだけに恐怖心はそれほどでもない。一呼吸置いて商人は話しかける。
「いやあ、急に速く歩きだすから驚いたよ」
「ごめんなさい、考え事をしていたんです」
柔らかい調子で責める商人に対し、エリザは大きな身を縮こまらせて頭を下げる。そういえば、イーゼムにも足元を何度か注意されていたような気がする。注意された時は肩に気を使うから足元まで気が回らないと思っていたのだが、実際は彼が足元に気を配ってくれていたから今まで無事に進めたのだろう。

じゃあ、ここまでは大丈夫だったのだろうか。彼女は慌てて振り返り、通ってきた道を目で追う。街からの道を二往復分丹念に追うが、幸運にも人影らしきものや忌わしい血の染みは見えない。あの時のような惨事は起きていないようだ。
「どうした?」
「あ、いえ、今までは大丈夫なのかと思いまして……一応、大丈夫みたいです」
何が大丈夫なんだ。男にしてみれば 呑気にも安堵の息なぞ漏らす巨人の娘に言ってやりたいこともあったが、突っ込む気にもなれないので苦笑を漏らすに留めた。しかし、彼はすぐに何も言わなかったことを後悔するはめになる。
「じゃあ、お詫びと言っては何なんですけど、次の町まで連れて行ってあげますね」
嬉しそうに言うが早いか、彼女は身を乗り出して両手の指を馬の腹の下に入れ、包むように馬ごと持ち上げたのだ。この扱いには馬も驚いたようで、鼻を奮わせ四肢と首を忙しなく動かす。そんな馬の拗ねる様子もエリザにとっては可愛いものだったが、巨人と馬の双方から揺さぶりを食らった商人にはたまったものではない。鞍にしがみつき、声にならない悲鳴をあげるのが精一杯だった。


今度は足元にも十分な気を配りながら、人馬を両手で包んだエリザは更に東へと進む。大きくなる前に地図を貰えなかったため『街道沿いに六里進めば最初の街がある』という情報しか得ていなかったが、ほぼ一本道の上に同行の商人が知っているので迷うことはない。峠を幾つか越えたところで視界は開け、平野と川 そして川岸の街を見渡すことができた。
「ここの看板によれば、町まで一里らしいぞ」
商人が振り返って言う。エリザはその言葉を確かめようと周囲を見回してみるが、草原にポツンと置かれたそれは爪楊枝に木片を付けた程度のものでしかない。屈んでまで文字を読む必要はないと判断した彼女は、
「そう、ですね。多分そのくらいだと思います」
と簡単に応えて街に視線を移す。凝視したところで街壁に遮られた街の中は家の屋根や見張り塔くらいしか見えないが、その見張り塔を今まさに兵士が大急ぎで駆け降りている。
(あーあ、そんなに慌てちゃって……)
それだけ自分のことを恐れているのかと思うと少し気が滅入るが、とにかく早く対処しなければならない。エリザはまず商人と馬を足元に降ろし、耳を塞ぐように言い含める。そして彼女は息を大きく吸い込み、両手を口に当てて思いきり声を出す。
「皆さーん、こんにちはー」
そして彼女は明るい表情で街に大きく手を振って見せる。その間に自分の声が木霊となって帰ってくるのを聞き、きっと声は街に届いているだろうと判断した。とすれば次に何を伝えるか……数瞬迷った後に、彼女は再び息を吸う。
「治癒術師の、エリザといいますー。危害は加えませんから、どうか落ち着いてくださーい」
そこで息継ぎ。大声に加えて間延びした言い方のため、すぐに息切れと目眩に襲われてしまうのだ。

数度の呼吸で落ち着いてから改めて街を凝視してみると、別の見張り塔に立った男がこっちに向かって大きく手を振っている。友好的なその様子に、エリザの顔も思わずほころぶ。これなら すんなりと街を通してくれそうだ、そう判断した彼女が街まで歩こうと足元の道に視線を転じてみると、道から外れたところで またもや馬が暴れていた。
「あら。あっ、ごめんなさい……」
当たり前だが、耳を塞ぐなんて芸当が馬に出来るはずもない。駱駝という砂漠の動物なら耳を塞げるという話を不意に思い出し、不謹慎にもエリザは笑ってしまった。


一里の距離は彼女にとって一町ばかりでしかなく、直ぐに彼女は街壁前までたどり着く。はじめは賑わっているかに見えた街だが、大きな通りは人の流れで埋まっており、小道では人が次々に家へと入っている。

恐らく、避難させようとしたが間に合わなかったのだろう。混乱こそないものの、やはりこういう対応を目の当たりにすると悲しくもあり、また原因が自分だと思うと申し訳なくもある。だがそれでも彼女は僅かに眉を潜めるにとどめ、門の前に座って馬を下ろすと 門上の塔に居る番人に微笑み掛ける。
「初めまして、こんにちは」
「あ、ああ」
なんとも気の抜けた生返事しか返せず、門番は彼女を見上げたまま固まっていた。しゃがんでもなお彼女の顔は塔よりも高く 番兵には覆い被さるように見えるのだから、無理のない反応ではある。しかし、砦や城のような巨躯が一つの意志をもって動いている事実に気圧されはするものの、長い黒髪と治癒術師の装いは清楚な雰囲気さえ持ち、真っすぐ向けられた眼差しは見守るように暖かい。大きいけど優しそうな人だと彼は徐々に思い始めていた。

一通り自分の姿を見渡した門番が肩と視線を下ろす頃を見計らい、エリザは尋ねる。
「狼煙は、届いてますね?」
「ん? ああ……」
再び見上げ、ややどもった言葉を返しながら彼はその内容を思い出していた。
「えーと、『要請に対し、大きな治癒術師を派遣する』と……大きいってな、そういうことか!」
「ええ。どういうことだと思っていたんですか?」
門番の驚く声にも動じず、彼女は笑いながら問い返す。

狼煙を受けた彼等は、『大きな治癒術師』という内容を『偉大な治癒術師』か『治癒術師の大群』のことだろうと思っていた。まさかこんな、文字通りに巨大な治癒術師が来るなんて……。
「そういうわけで、私が東の国境まで行くことになったんです」
「一人でか?」
「え、ええ……」
彼女は不意に視線を落とし、幾らか沈んだ口調で答える。しかしすぐに頭を振って彼に向き直り、敢えて前よりも明るい声で提案する。
「それより。せっかく寄ったんですから、町の人を治療したいんですが」
「えっ?」
門番は思わず聞き返す。治癒術師には当然の提案も、厳戒令まで出している側には突飛な話である。だが目の前の巨人にはそんな事情などお構いなしだ。
「魔力には余裕がありますから。この大きさですしね」
いつもの優しい微笑みとともに、彼女は付け加える。


その後も、エリザは東へと歩を進める。街の周囲を一巡して怪我人が居ないか呼びかければ 隣町に鎮圧と誤解されたり、逆に治療を願い出る者が後を立たず 「明日まで待てるなら待って下さい」と説得してどうにか切り上げたり……。そんな小さなごたごたを重ねつつも、一刻余りでどうにか目的の街に辿り着いた。


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