サンタむちゅめ襲来っ(1)

作者:ゆんぞ
更新日:2002-06-23
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突如、巨大なサンタ姿の少女が街に現れた。巨大サンタ娘は街をぐるりと見渡す。彼女の膝くらいのビルが乱立し、その隙間を縫うようにして高架の道路が走っている。

その高速道路にサンタ娘は近づく。高さは向こう臑くらい、幅は車線四つ分で彼女の肘から上と同じくらいか。何台もの車が走っており、サンタ娘はその一つを止めてようと手の平を車線上に置くが、車は手の平に当たると高い音を立てて歪み、ひしゃげ、そして炎上した。

信じられないと言う面持ちで自分の掌と燃えている自動車を交互に見るサンタ娘。『おもちゃの車』がこんなに繊細だとは思わなかったのだ。となると別の方法で車を止めなければならない。彼女は右足をあげて道路に降ろす。力を入れたつもりは無いのに、軽く足を乗せるだけで高架は軽い音を立てて崩れ落ちた。

崩れた部分近くを走っていた数台は急ブレーキを掛けるものの、止まりきれずに奈落へ……しかし、サンタ娘は落ちる前にその数台の車を右手ですくい取り、そして左手の袋へと入れる。幸いサンタ娘が破壊した場所は見通しが良いため 最初の数台以外に奈落に落ちる者は無かったが、奈落の前で止まることこそサンタ娘が望んだことであり、拾い上げられて袋の中に突入させられることには代わりがない。五台に一台くらい(軽自動車の殆ど)は、掴んだ拍子にフレームが大きく歪んだため そのままうち捨てられたが。

初めは台数を競うように集めていたサンタ娘も、十分な台数を集めると今度は珍しそうな車を集めに掛かった。まずは先ほど潰してしまった軽自動車。右手の親指と人差し指で慎重に前輪を挟んで持ち上げ、そのスペースに左手の指を入れる。そして右手で車両後部を押して左掌に押し上げる。
(こうすれば、小さな車でも大丈夫ね)
サンタ娘は戦果を見て上機嫌そうに微笑む。既に乗員は車を捨てて逃げてしまっていたが、そんなことはお構いなしだ。


その後もまた手の届く範囲にある珍しそうな車を物色する。大型車の天井を鷲掴みにしてそのまま袋に放り込む姿は小人達にどう映っただろうか。連結付きの大型トレーラー、土を積んだダンプカー、くるくる回る筒を抱えたトラック……

そのとき足下からなにか大きな声がしたので、反射的に下をのぞき見る。すると赤い光を抱いた車が十数台ほど彼女の足下にあり、その開かれたドアの影に小人がしゃがみつつ か細い腕を彼女の方向に向けている。そして先頭には何か口に当てた男が一人立っている。
(あ、これって……)
パトロールカーだったはず。赤い回転灯もさながら、『正義の味方』が乗っている車なので男の子に人気がある車だ。
「そこの巨人……」
制止しようと声を出した警官の台詞が止まった。突然巨人がしゃがみ、手を伸ばしたからである。腕は彼の遙か頭上を越えて後方の車を掴み、そしてそのまま左手に持つ袋に放り込んでしまった。

号令ではなく恐怖心から一斉に発砲する部隊。しかし、その銃撃を全く感じないサンタ娘には、手に持つクラッカーを妙に厳しい表情で鳴らしているようにしか見えない。かくして人気商品のパトカーは残らず袋に入れられてしまい、唖然とする警官隊を意に介することもなく サンタ娘は次なる目標のため地響き立てつつ歩み去ってしまった。


さて、覚えている範囲では大概の車種を集めたため、サンタ娘は懐からメモを取りだし袋の中身と比べ始めた。予想通り、リスト中の 車の項にある車種は概ね集め終わっているが、ざっと見た感じでは消防車とタンクローリーが残っている。どちらもリストの下の方にあるから 珍しいか欲しがる人が少ないのだろう。注釈として絵が添えられているから間違えることは無さそうだ。

そういえば、この絵に少し似た車両を拾った記憶がある。サンタ娘は袋の中に手を突っ込んで コンクリート運搬車を取り出し、
「これって、タンクローリーですか?」
と運転手に尋ねる。
「?」
恐怖もあり、問う意味を全く理解できない運転手。答えてくれないので、サンタ娘はもう一度図面と車を比較してみた。円筒状のタンクがついているという点では似ているが、その筒の形や傾きが随分異なるように思える。それに、灰色に汚れた車は正直言ってあまり人気があるようには見えない。
「ん~、じゃあ要らないか……」
サンタ娘がつぶやくと同時にいきなり車が傾き、運転席からも数十メートル下の地面が見える。
(落とす気かっ!)
運転手は慌ててドアを開け、ドア後部の梯子から回転体の基部まで移る。巨大娘の指にしがみつければ何とかなるかもしれない。

しかし、この運転手の必死の行動も、車を適当な場所に置こうとしているサンタ娘にとっては不可解なものにしか見えない。
「なにしてるんですか? そんな所にいると落ちますよ」
図面を持った左手を車の少し下に沿え、サンタ娘が注意する。驚いて振り返った運転手の視界一杯にサンタ娘の怪訝そうな表情が広がっており、視線はこちらの方に注がれている。双眸だけで彼の胴体くらいはあるだろうか。
「あ、あわ、あわわ……」
後ろは車体であると頭では解ってはいるのに、足が勝手に後ずさりしてしまう。動かぬまま三歩後ずさったところで、足を滑らせた。肩胛骨をしたたかに打ち、あとは奈落へ……

どさっ
(?)
一巻の終わりと思って目を固く閉じていた運転手だが、意外に早く 柔らかい地面に落ちる。疑問に思いつつも恐る恐る目を開けると、先程と同様 彼の目の前に娘の顔が広がっている。
「まったく、なにやってんの」
ややぞんざいな口調でサンタ娘は問う。
「な、何やってるってな」
運転手は思わず怒声を返すものの、背中が痛いのか直ぐにうずくまってしまう。

サンタ娘にとって助けた相手に怒鳴られるのは意外だし少々不快でもあるが、それよりも自分の小指ほどもない小人が必死になっている様が可愛い。
「怒らなくてもいいでしょ、無事だったんだから」
軽く微笑みながらそう返し、そして問う。
「それより、タンクローリーって車の場所を教えて下さい」
どうやら答えずに済みそうにはない。まぁこの状況で自白したからと咎められもしないだろう。そう彼は判断したが、一つだけ引っかかることがある。
「タンクローリーを探して何をするんだ?」
「何をって、プレゼントにするんです。変な使い方なんかしませんよ?」
何が気に障ったのか解らないが、口をとがらせて反論するサンタ娘。『変な使い方』って何だろうかと運転手は思ったが、何となくそれを問う気にはなれなかった。


運転手の話によると、タンクローリーはガソリンスタンドというところによく居るのだそうだ。「たとえばあんな」と言いつ彼が指さす先を見ると、 白く波打つ屋根だけしかない奇妙な平屋がビルの谷間にある。
「あの、黄色い看板の建物がそうなの?」
「ああ、タンクローリーがいればケツがはみ出るから分かるだろう」
余り品の良くない返答に、サンタ娘の眉間に軽く皺が寄る。だが彼女は少しの間視線を逸らしたかと思うと突然運転手ににっこり微笑みかけつつ、
「ありがとうございました、じゃあ貴方と車を戻しますね」
と言う。それから彼女は軽くしゃがんで膝の高さにあるビルの屋上に車を置き、運転手を乗せた左手をビルの屋上に置いて傾けながら右人差し指で運転手を支えて そーっと地面に下ろす。
「では、お大事に~」
にこやかにそう言って、サンタ娘は屋上で唖然としている運転手を後目に歩み去る。

コンクリ車を屋上に残して。


サンタ娘はガソリンスタンドを探して右往左往。広い道を選んでいるため周りの建物こそ無事だが、歩いている途中に道路の所々を陥没させ、また乗り捨てられた車を何台か踏みつぶしてしまうのはどうしようもない。

幸いにして銀の筒が突き出たガソリンスタンドは数ブロック歩いただけで見つかった。喜んで駆け寄り しゃがんで頭を垂れ中を覗き見ると、彼女の予想通り そこには図に描かれたとおりのタンクローリーが二台鎮座している。しかし、その一台を掴もうとすると、思ったより弱い銀色の筒は彼女の握力に追従してひしゃげ、中の液体を飛び散らせた。

引っ張り出してみると銀色の筒の部分は完全に潰れており、さらに自重のため彼女の目の前で車体が折れ曲がってしまった。筒の中に入っている液体は 慣れない身には頭の痛くなるような悪臭を放っている。
「ひっどーい……」
思わずそんな声が出てしまう。相当に腹が立ったものの、まずは任務が優先と気を取り直す。残骸を投げ捨てると、サンタ娘はもう一台とめられているタンクローリーの後輪を 右手で挟んで慎重に引っ張り出し、そして左手で前輪を挟んで持ち上げ、置いている袋に入れる。

ここでの任務は終了した。もう用はないし、人も居ない。サンタ娘は立ち上がると、悪戯っぽい笑みを浮かべつつ 左足を隣のビルと同じくらいに高く振り上げ、そして全体重を掛けて振り下ろす。
「てやー!」

ぐしゃっ

サンタ娘の靴の一撃はガソリンスタンドの屋根を踏み抜き、給油ボックス四つを完全に圧縮してコンクリートにまでめり込む。再び足をあげると、平坦な屋根に見事なまでにくっきりと足跡ができていた。

建物が殆ど抵抗無しにあっさりと変形する様には優越感を禁じ得なかったが、先の悪臭がさらに強くなってきたため早々に立ち去ることにした。しかし二~三歩後ずさったところで不意にガソリンスタンドから小さな火花が出たかと思うと、いきなり炎が燃え上がる。炎の高さは最初彼女のくるぶしの高さだったが、すぐに腰の高さまで来る。

(う~ん、やりすぎちゃったなぁ)
このままで火勢が大きくなると小人たちには対処が難しいかもしれない。サンタ娘は自分の持っている袋を広げ、そしてガソリンスタンドに掛ける。こうすれば酸欠で火勢が弱まるだろうし、また待っていたら消防車が来るかもしれない。

最初に来たのはヘリコプターで、サンタ娘の手の届かないところからなにか薬剤のようなものを散布しはじめた。その後すぐに そこかしこからサイレンの音が聞こえてくるが、近くに来たかと思うとサイレン音は消えてしまい、彼女の足下はおろか 視界の範囲内にさえ一台もやって来ない。

自分がここに居る限りは来てくれないのではないだろうか。そう思ったサンタ娘は袋を地面からそうっと取り、やや慎重にガソリンスタンドから離れる。少し離れたところで下を見ると、案の定というか交差点のビル陰に消防車が待機していた。

慌てて後退しようとする消防車。しかしサンタ娘は容赦なくその後ろを抑え、前面の土台に右手の指を滑り込ませて軽々と持ち上げる。
「ごめんね、一台だけにしてあげるから」
にっこり笑って運転手にそう言うと、彼女は地面に置いていた袋に消防車を放り込んだ。


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